11月祝日(2019年)はいつなのかカレンダーをチェック!薄れていく隠された真実とは!?

11月の祝日で有名なあの日に隠された真実とは!?2019年のカレンダーからひも解く!

2019年11月の祝日はいつ(何日)なのか知っていますか?

必ず聞いたことのある 季節にちなんだ名前がついている祝日です!

さらに、祝日があると必ず気になるのが振替休日があるのか… ないのか…。

調べている中で、11月の祝日には真実が隠されていることが浮き彫りになってきました…。

11月の祝日が制定されるまでに何が起きたのか…。

あなたは目が離せなくなる…。

 

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カレンダーで見る2019年11月の祝日

11月の祝日で有名なあの日に隠された真実とは!?2019年のカレンダーからひも解く!

このカレンダーには日曜の他に休日を表す赤文字の日が2日あります!

11月の有名な祝日がこちらです!

  1. 11月3日『文化の日』
  2. 11月23日『勤労感謝の日』

この2日なのですが、カレンダーは11月4日赤文字になってませんか!?

それはどうしてか…。

11月3日は『文化の日』で祝日なのに、日曜日だからです!

祝日と日曜日が重なってしまった場合、休日を減らさないようにするために 振替休日が生まれます。

そのため、11月4日が振替休日となり カレンダーに赤文字で記載されていたというわけです!

現在 学校は土日休みの完全週休2日制、企業も土日休みの週休2日制のところが多くなっていると思います。

その感覚でいくと、「土曜日も休日なので土曜日と祝日が重なっても振替休日がうまれる」と考えがちですが、「国民の祝日に関する法律:祝日法」によると 土曜日は休日扱いではないので振替休日は生まれません。

ということで、11月は『3日:文化の日』『4日:振替休日』『23日:勤労感謝の日』の3日が土日以外の休日です。

余談ですが、「文化の日」は毎年天気がいんですよ! 3連休なので、お出かけの計画するのはいかがでしょうか

 

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11月3日祝日『文化の日』とは?

11月の祝日で有名なあの日に隠された真実とは!?2019年のカレンダーからひも解く!

11月の祝日もわかったので、それぞれの祝日についてもう少し詳しく見ていきましょう。

『文化の日』は、「国民の祝日に関する法律:祝日法」によれば、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨としております。

皇居で「文化勲章」の授与式が行われてる日でもあるのです。

有名な受賞者を紹介します。

  • 森繁久弥(役者)
  • 司馬遼太郎(小説家)
  • 遠藤周作(小説家)
  • 森英恵(デザイナー)
  • 森光子(役者)
  • 三宅一生(デザイナー)
  • 山田洋次(映画監督)
  • 高倉健(役者)
  • 草間彌生(芸術家)

 

さらに、文化の日を中心に文化庁が主催する芸術祭や文化功労章の表彰なども行われており、文字通り『文化を称える日』として、日本の文化に触れる行事が多く行われているんです。

  • 2019年8月3日(土)
    国民文化祭・にいがた2019プレイベントin東京「子供に伝えたい食文化~和ごはんってなあに?~」の開催
  • 2019年8月24日(土)~8月25日(日)
    第30回全国高等学校総合文化祭優秀校東京公演
  • 2019年10月28日(月)~2019年11月4日(月・祝)
    「第16回文化庁映画週間」の開催

引用:文化庁公式サイト

内容の難しそうな「○○シンポジウム」などの行事もたくさんあったので、わかりやすい行事をピックアップしてみました。

誰でも親しめる行事から、わかる人にしかわからない ちょっと難しい行事まで様々なものが計画されていました。

 

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11月3日祝日「文化の日」と関係のある天皇とは?

「文化の日」として指定された11月3日は日本国憲法が公布された日付なのですが、もう一つ重要な記念日でもあります。

それは、「明治天皇の誕生日」

明治時代の11月3日は「文化の日」ではなく、「天長節」という祝日でした。

「天長節」とは その時代における天皇の誕生日を祝った祝日のことで、明治6年に国の祝日とされましたが、現在は「天皇誕生日」という名で親しまれています。

明治天皇が崩御した後も平日に戻らずに「天長節」という祝日として 2つの時代に存在しました。

実は「天長節(天皇誕生日)」が時代を超えても祝日として扱われるのは異例なんです!

基本的に崩御後、天皇誕生日は平日に戻ります。

では、明治天皇から現在の今上天皇まで、代替わりした後の歴代の天皇誕生日がどうなっているのか見てみましょう。

明治天皇 11月3日 『文化の日』
大正天皇 8月31日
10月31日
祝日にならず
昭和天皇 4月29日 『みどりの日』⇒『昭和の日』
(『みどりの日』は5/4に)
上皇 12月23日 平日(現在存命の為)
今上天皇 2月23日 『天皇誕生日』

 

崩御後、天皇誕生日が祝日として制定されているのは明治天皇昭和天皇だけです。

11月の祝日で有名なあの日に隠された真実とは!?2019年のカレンダーからひも解く!

【明治天皇】 引用:Wikipedia

 

【昭和天皇】 引用:Wikipedia

明治天皇より以前の天皇の天皇誕生日も平日に戻っていたのではないかと思われます。

上皇の誕生日は2020年から平日になるんですが、それは今上天皇の「天皇誕生日」とご存命の上皇の誕生日 両方を「国民の祝日」にしてしまうと『二重権威』にあたるためです。(「天皇退位特例法」に基づく)

“1つの元号につき天皇陛下は1人” とする明治天皇の制定した「一世一元の制」という制度もあります。

明治天皇は「日本の近代化という功績」やさまざまな偉業を成し遂げ、昭和天皇は初めて「国の象徴」として国民と言葉を交わし、最も国民に触れ合う機会を作りました。

その為、明治天皇と昭和天皇は「天皇誕生日を祝日として残してほしい」という動きが起こりました。

それもあり、現在も名前を変え祝日として存在しています。

 

大正天皇の天皇誕生日が祝日ではない理由

11月の祝日で有名なあの日に隠された真実とは!?2019年のカレンダーからひも解く!

【大正天皇】  引用:Wikipedia

気になるのは、どうして大正天皇の天皇誕生日は祝日にならなかったのか… ですよね!

大正時代はとても短く、15年しかありませんでした。

それも理由の一つだと思われます。

15年しかなければ、明治天皇のような目立った功績もたてられなかったのではないでしょうか。

その為、大正天皇の誕生日は平日に戻った…というのが、色々な天皇誕生日を調べてみた考察です。

 

大正時代だけの祝日があった!?

大正時代には「天長節(天皇誕生日)」ととても似ている祝日があったんです。

それは、どんな祝日だったのか…。

大正天皇の誕生日は8月31日です。 夏真っ盛り!

実はこの季節が大きく関係しています!

大正天皇は病弱な方だったようで、夏真っ盛りの8月31日に「天長節」に伴う式典を行うと、大正天皇のお体に触るのではないかと懸念されました。

そこで、夏真っ盛りの熱さや 冬真っ盛りの寒さのない季節に式典を行うことになり 選ばれた日が表に記載された“10月31日”

その名は「天長節祝日」

「天長節」が大正天皇の誕生日として、「天長節祝日」が”天長節の式典を行う日”として、この2日が大正の時代だけ祝日となりました。

 

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11月3日祝日「文化の日」もう1つの真意

11月3日にはもう1つ大事なことが隠されています。

それは「日本国憲法公布日」であるということ。

「日本国憲法公布日」と「明治天皇誕生日」という二つの記念日が重なっていることは偶然なのでしょうか…。

この疑問の答えは、「No」!!

旧憲法である「大日本帝国憲法」の公布日は2月11日で、これは日本の初代天皇「神武天皇」の即位日を祝日に制定した『紀元節』というとても縁起の良い日なのです。

現在は「建国記念日」として祝日になっています。

新憲法「日本国憲法」もこれに倣い、縁起の良い「明治節(明治天皇の天皇誕生日)」を公布日に選びました

ですが当時の日本は第二次世界大戦敗戦後、アメリカ軍を主とした連合国が日本を占領し 今後戦争をさせないようにするための思想などを説き日本を管理するGHQという機関が設けられていました。

その占領下であったため、公布日を「明治節」11月3日にすることが難しかったのです!

 

GHQと日本政府

明治時代に日本はいくつもの戦争に勝利していました。

それだけではなく、日本を近代国家にした明治天皇の偉業は 国民が天皇を強く慕う大きな理由でした。

当時、天皇制や神道への強い国民の意識に脅威を感じたGHQは 天皇を国の「象徴」とするように改めさせます。

GHQが「日本国憲法公布日」を11月3日にすることに難色を示したのも、11月3日が「明治節(明治天皇の天皇誕生日)」だったからです。

そこで日本も考えました! まず11月3日を存続させるという方向に切り替えます。

「明治節」ではなく「文化の日」という名称の祝日にし、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」という意味を持たせて真意を隠し、見事 11月3日を存続させることができたのです。

「明治節」を「文化の日」に改めたことでGHQの許可が下り、「日本国憲法公布日」となりました。

この出来事を改めて振り返ると、令和の時代に生きる私たちの想像以上に 国民に慕われ尊敬されていた天皇であることが伝わってきます。

 

11月23日『勤労感謝の日』とは?

11月の祝日で有名なあの日に隠された真実とは!?2019年のカレンダーからひも解く!

11月23日は「勤労感謝の日」です。

令和元年においてはこの日が一年の最後の祝日となります。(今年 令和元年が「天皇誕生日」が無い年だからです)

「勤労感謝の日」は、「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」という意味合いが込められています。

また、勤労感謝の日は、ハッピーマンデー制度(祝日を月曜に移動させて連休を増やす制度)が導入された現在でも移動されず、11月23日で固定された祝日です。

ではなぜ、この日に この祝日が設けられたのか…。

 

戦前の「勤労感謝の日」

 戦前、この「勤労感謝の日」は宮中祭祀であった「新嘗祭(にいなめさい・しんじょうさい)」という名の国民の祝日でした。

「新嘗」とは、秋にその年の収穫物を神に供え、天皇自らも新穀を食することを言います。

昔、農業国家であった日本は 神々に五穀の収穫を祝う風習があり、この新嘗祭は古い日本の重要な行事でした。

一年を養う蓄えとなるその年の収穫物に対し、天皇が国民を代表してこの農作物の恵みに感謝する大事な式典が 毎年11月23日に行われます。

今年 2019年は新天皇が即位したため、新天皇にとっては初めての新嘗祭です。

即位後初めての新嘗祭のことを「大嘗祭(だいじょうさい)」と呼びます。

2019年の大嘗祭は11月14・15日に行われます。

この「新嘗祭」も第二次世界大戦後のGHQの占領政策によって「勤労感謝の日」と改められた祝日の1つです。

こうしてみると、GHQの占領がどれほどすさまじかったのかわかりますね…。

憲法を丸ごと変え、根本から日本を操れるようにする… 現在でこそ「倫理」という言葉も浸透し1人1人が尊重されていますが、GHQ占領時代にはこんな言葉 何の意味もなかったのでしょうね…。

 

「勤労感謝」とは

 気を取り直して…「勤労感謝」とは、どういうことなのかひもといていきましょう。

「勤労」と言われてすぐ思いつくのは、農作業のような肉体的労働だと思いますが、それだけではありません。

「勤労」という言葉には、「心身を労して仕事にはげむこと(引用:デジタル大辞典)「心身を働かせて仕事に励むこと(引用:大辞林第三版)と書かれており、「身(体)」だけではなく「心(精神)」も含まれていることが分かります。

1948年に、「新嘗祭」は「勤労感謝の日」と名前を変えて新たに日本の国民の祝日となりましたが、この背景には もともとの「新嘗祭を残してほしい」や「新嘗祭として祝いたい」などの声もあったようです。

しかし現代の労働において昔の農作業だけではなく、こんにちのサービス業なども含めた幅広い意味を持っていることから、今の「勤労感謝の日」という名称の方がしっくりくる時代になったのではないでしょうか。

 

まとめ

今回は「文化の日」「勤労感謝の日」について、詳しく解説していきました。

戦争経験者の祖父から何度も戦時中・戦後の話を聞いたことがありましたが 当時は小さすぎて話の3分の1も理解できていなかったことに気が付きました。

GHQが改正させた祝日とも知らずに今まで過ごしてきました…。

「文化の日」が明治天皇誕生日と知る人は一体どれだけいるでしょう…。

「勤労感謝の日」がもとは「新嘗祭」だったことを説明できる人はいるのでしょうか…。

今回調べたことにより 祝日への見方が大きく変わった私は、今後どのように祝日の意味を伝えればいいのか悩みどころですが、少しでも多くの人に興味を持ってもらい、わかりやすく伝えることが今の私にできることではないかと思えました。

他の祝日についても、少しずつ解説していきたいと思います。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。